東京高等裁判所 平成5年(ネ)3293号 判決 1994年4月25日
控訴人
株式会社日刊スポーツ新聞社
右代表者代表取締役
林秀
右訴訟代理人弁護士
竹川哲雄
被控訴人
三浦和義
主文
一 原判決中控訴人敗訴の部分を取り消す。
二 被控訴人の請求を棄却する。
三 訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人の負担とする。
事実及び理由
第一当事者の求めた裁判
一控訴人は、主文と同旨の判決を求めた。
二被控訴人は当審における口頭弁論期日に出頭しなかったが、その陳述したものとみなされた準備書面には、本件控訴を棄却するとの裁判を求める旨の記載がある。
第二事案の概要及び証拠関係
本件事案の概要は、原判決の事実及び理由中の「第二 事案の概要」(原判決一枚目裏一一行目から同五枚目表七行目まで)に記載のとおりであり、証拠の関係は、原審及び当審記録中の証拠に関する目録記載のとおりであるから、これらをここに引用する。
第三争点に対する判断
一争点1(本件記事は被控訴人の名誉を毀損するか)及び争点2(本件記事の内容である事実は真実か、あるいは控訴人がこれを真実であると信ずるにつき相当の理由があったか)について
当裁判所の判断は、原判決の事実及び理由中の「第三 争点に対する判断」の一項、二項(原判決五枚目表九行目から同六枚目裏六行目まで)に記載の理由説示と同一であるから、これをここに引用する。
二争点3(被控訴人の本件請求権は時効により消滅しているか)について
1 いずれも成立に争いのない乙第一ないし第四号証、第五号証の二の一ないし三、弁論の全趣旨により真正に成立したものと認められる乙第七ないし第九号証、第一一号証、当審における調査嘱託の結果、被控訴人本人尋問の結果(原審におけるもの、以下同じ)の一部並びに弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。
(一) 被控訴人は、昭和六〇年九月一一日先妻一美に対する殺人未遂被疑事件で逮捕され、同年一〇月三日同殺人未遂罪で東京地方裁判所に起訴されたが、同月五日、警察署留置場から東京拘置所に移監され収容された。被控訴人は、同月七日、東京拘置所を訪れた当時の妻良江と面会し、良江に対し新聞の継続的な差し入れをするよう依頼した。良江は、直ちに東京拘置所指定の差し入れ業者に新聞の継続的な差し入れを申し込み、これを受けた差し入れ業者は、そのころ、被収容者たる被控訴人に対し新聞の差し入れを開始した。
(二) 東京拘置所における新聞の継続的な差し入れに関する当時の取扱いは、次のようなものであった。すなわち、差し入れ業者を通じて継続的に差し入れをすることができる新聞としては、日刊スポーツだけであり、外部の面会者が業者と新聞の差し入れについて契約できるのは、一か月単位で、かつ最長一か月間であるが、その都度契約すれば継続して差し入れをすることが可能であり、その継続期間の制限はなされていない。したがって、業者に依頼して新聞の継続的な差し入れを行う場合、一週間とか一〇日間だけの期間に限定して差し入れすることはできず、短くても一か月間継続して差し入れする必要がある。なお、差し入れされて在監者に交付された新聞は、次号(翌日号)が交付された際に引き上げられることとなっている。
(三) 当裁判所からの調査嘱託に対し、東京拘置所は、在監者であった被控訴人に対する当時の新聞の差し入れ状況について、被控訴人に対しては、昭和六〇年一〇月九日から昭和六一年五月三一日までの間、日刊スポーツが業者によって継続して差し入れられ、右の期間中にその差し入れが途切れたことがなかった旨の回答をしている。また東京拘置所は、東京弁護士会からの照会に対しても右と同趣旨の回答をしている。
(四) 昭和六〇年一〇月一七日発行の日刊スポーツの記事の中には、被控訴人と面会した良江から取材した被控訴人の近況として、被控訴人が東京拘置所内で日刊スポーツを定期講読している旨の記載があり、また、被控訴人自身も、昭和六一年六月九日ころ、同紙の記者に宛てた手紙の中で、東京拘置所では日刊スポーツを定期講読していたが同年六月二日に大阪拘置所に移ってからはスポーツ新聞を読んでいないとの趣旨の記載をしている。
2 被控訴人は、その本人尋問において、東京拘置所では、業者を通じて日刊スポーツを一週間か五日間継続して差し入れてもらったことがあったとか、差し入れを申し込める期間は最大限一五日ないし二〇日であり一週間前後差し入れが途切れたことがしょっちゅうあったなどと一部前記認定に反する供述をするが、右供述部分は、前掲各証拠に照らして信用できない。また被控訴人は、記者に対する前記手紙の内容について、虚偽の記事を書かないように記者を威嚇する目的で記載した旨弁明するが、端的にその趣旨を警告すればよいのであって、そのように婉曲な表現を用い、しかも定期講読していないのに読んでいると嘘の事実まで記載しなければならないほどの必要があったとは認め難いし、文面からも威嚇のために記載したものであることは窺われないから、右供述部分は信用できない。他に、前項の認定を動かすに足りる証拠はない。
3 前記1項認定の事実関係によれば、被控訴人は、昭和六〇年一〇月当時、東京拘置所において差し入れ業者を通じ日刊スポーツの継続的な差し入れを受けており、本件記事が掲載されている同月二七日発行の日刊スポーツについても当日にその差し入れを受けていたものであると認めるのが相当である。
そして、前記乙第一ないし第四号証、被控訴人本人尋問の結果の一部及び弁論の全趣旨によれば、昭和六〇年一〇月二七日は、被控訴人が前期殺人未遂罪で起訴(同月三日)されて間もない時期であり、被控訴人は当時右事件の新聞報道に関心を抱いていたこと、当時、事件の第一回公判期日が未指定であり事件についての任意の取調べも多くなく、被控訴人は殆ど舎房内で時間を過ごしていたこと、当時被控訴人に対して継続的に差し入れされていた新聞は日刊スポーツの一紙だけであったことなどがそれぞれ認められ、これらの事実に前記の昭和六〇年一〇月二七日に同日付け日刊スポーツが被控訴人に差し入れられたとの事実を併せると、被控訴人は、昭和六〇年一〇月二七日、東京拘置所内において、同日付け日刊スポーツに掲載された本件記事を読んだものと推認するのが相当である。
4 被控訴人は、仮に本件記事の載った日刊スポーツが差し入れられていたとしても、① 当時、腰痛のため動けず、新聞を手に取ることもできない状態のときが何日かあったこと、②将来名誉毀損で提起するために必要であると判断した記事については、拘置所に願い出て当該記事を切り取り合冊して舎房内に保管しているが、本件記事は右保管書類の中に含まれていないことなどを理由として、本件記事を実際に読んでいなかった旨主張する。
(一) たしかに、成立に争いのない甲第二号証、前記乙第三号証、弁論の全趣旨により真正に成立したものと認められる乙第一〇号証の一、二、被控訴人本人尋問の結果によれば、被控訴人は、レントゲン写真撮影による診断の結果、腰の骨が約五ミリメートルずれており、昭和六〇年九月一一日の逮捕直後ころから腰痛を訴えていたこと、被控訴人は、被控訴人に関する新聞報道記事のうち将来必要と判断したものについては、拘置所の許可を得てこれを切り取り保管していることがそれぞれ認められる。
(二) しかしながら、前記乙第三、第四号証、第五号証の二の一ないし三、被控訴人本人尋問の結果の一部によれば、昭和六〇年一〇月一七日付けの日刊スポーツには、東京拘置所内において被控訴人と面会してきた良江の同月一六日の談話として、被控訴人は規則正しい食事と睡眠のせいか見違えるように元気そうでしたとの記事が載っており、また被控訴人が拘置所内で日刊スポーツ等を定期講読しているほか、逮捕後の新聞、雑誌の記事のコピーにも目を通しているとの記事があること、被控訴人は、本件記事が掲載された当時、少なくとも、一週間に一回位東京拘置所を訪れた良江と面会していたこと、被控訴人は逮捕直後等に腰痛のため横臥していたことがあったが、腰痛の程度は、取調べに支障がないほどのものであったこと、前記日刊スポーツ新聞紙の記者に対する手紙にも、東京拘置所(昭和六〇年一〇月五日から昭和六一年五月三一日ころまで在監)では日刊スポーツを定期講読して読んでいた旨の記載があることがそれぞれ認められ、これらの事実に照らすと、本件記事掲載当時、たとえ被控訴人が腰痛に罹っていたとしても、新聞が読めない程に重篤な状態であったとは認められず、他に被控訴人の前記①の主張事実を認めるに足りる証拠はない。
(三) また、前記甲第二号証、被控訴人本人尋問の結果の一部によれば、被控訴人が被控訴人に関する新聞等の記事について特に意識的にその重要な部分を収集するようになったのは、昭和六一年一二月ころ被控訴人が月刊誌「創」(つくる)に連載記事を執筆するようになってからであることが窺われ、本件全証拠を検討してみても、被控訴人が本件記事掲載当時、すでに、新聞記事の切り取り保管を行っていたことを明確に認めることは困難である上、被控訴人が重要な記事のすべてを漏れなく切り取り保管していたことについてもこれを認めるに足りる十分な証拠はない。したがって、被控訴人の前記①の主張事実も認められない。
(四) そうすると、結局、本件記事が掲載された日刊スポーツの差し入れを受けたとしても本件記事を読まなかったとの被控訴人の主張事実を認めるのは困難であり、右差し入れがあったことなどにより、被控訴人は本件記事を読んでいるものと推認すべきであるとの前記判断を覆すことはできない。
5 右のとおりであり、被控訴人は、昭和六〇年一〇月二七日、東京拘置所内において、同日付け日刊スポーツに掲載された本件記事を読み、その記事が被控訴人の名誉を毀損するものであることを知ったものというべきである。
その後、右の日から三年が経過し、控訴人が平成四年四月二〇日付けの準備書面をもって右消滅時効を援用し、同準備書面が同月二七日被控訴人に到達したことは、当裁判所に顕著である。
したがって、被控訴人の本件損害賠償請求権は、被控訴人が右損害及び加害者を知った日から三年後の昭和六三年一〇月二六日の経過により時効によって消滅したものというべきであり、本訴請求は棄却を免れない。
第四結論
よって、右と異なる原判決を取り消し、被控訴人の本訴請求を棄却することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法九六条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 丹宗朝子 裁判官 新村正人 裁判官 市川賴明)